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NEWSドキュメント2010〜僕らはまだ終わらない〜
本日は、久々にNEWSのことを書きたいと思います。
以前、関ジャニ∞ヒストリーを書いた時、「NEWSの歴史も書いて」というリクエストをいただきまして。時がすぎるとともに自分の記憶も薄くなってしまうし、よい機会だからブログに残しておこう!と思い立ちました。取り立てて詳しいわけではないし、感想文みたいな感じですが……。それでも良いとお許しくださる方は、お読みいただければ幸いです。NEWSを語る上で外せない、関ジャニ∞についても少し出てきます。
NEWSは、東西ジュニアのユニットから選抜されて作られたグループです。
デビュー時は順風満帆、これまでにないほど恵まれたスタートと思われました。誰もが羨むほどのメディア露出、たくさんの大きな仕事。
しかし、その後次から次へと起こった試練に関しては……言わずもがなです。泣いたり笑ったり、どん底に突き落とされて、また這い上がって。ことごとく、なんでこんな時に!なぜ今!って思うことが多かった。
今はどちらかというと落ち着いてるというか、あえて言わせてもらうと、グループとしての影が薄い!と思います。とにかく全員で活動することが少なすぎる!!もっと全員で活動する機会を与えて欲しいです。個々で力をつける時も、大切なことは分かってる。それでも……NEWSファンは今、グループのライブに飢えています。ライブをしてほしい。生で見たい。

それにしても、芸能界は分からないものです。いまや国民的アイドルの嵐だって、かつては「ただの関東ローカルタレント」と罵られたり、唯一のレギュラーが「5分ラジオのみ」の時代もあった。KAT-TUNがデビューした時なんて、「地味!若さがない!」などと揶揄されたこともある。信じられますか?嵐にも売れない時代があり、つらく、厳しい時代があったこそ、10年たってようやく花開いたのです。
だからこそ!同じ事務所であるNEWSとて、「今」だけを見て判断することはできません。NEWSがこれからどんな風に成長していくのか、ますます期待を持って応援して行きたいと思います。

さあ!

みんな!

NEWSに進路を取れーー!!


※本編をお読みいただく前に……
過去を振り返りたくないタイプの方、ご自身にNEWSの「確固たるアイドルイメージ」がある方、少しでも嫌な予感がする方はご覧にならないでください。同じ出来事を見ても、人によって感じ方が違うため、あなたの感じたことと違う場合があります。
私の主観で書いたものであることを、どうかご了承ください。
また、神経質な方はご遠慮ください。
携帯からのご覧の皆さまへ……文字数の関係で、後半が切れてしまう可能性があります。PCでの閲覧をおすすめいたします。


NEWSドキュメント2010〜僕らはまだ終わらない〜

2003年9月15日。
アイドルグループ「NEWS(ニュース)」は、バレーボールワールドカップ2003のイメージキャラクターとして、9名編成で誕生した。お披露目は、東京・新高輪プリンスホテル飛天の間。約30万人の応募の中から選ばれたファン3000人と、同ホテル史上最多となる約350人の報道陣で騒然となる中での華々しいスタートであった。
グループ名は「新しい情報」という意味のほか、「North」「East」「West」「South」の頭文字をつなげており、東西南北に国際的な活躍をしていくよう、期待が込めて付けられた。
イメージカラーはピンクと白。最初に目に飛び込んでくるのは、やはりセンターに据えられた山下智久だろう。彼の少年美に、誰もがため息をもらした。陶器のような肌、形のよい唇、サラサラの髪。どの角度から見ても、美しさにスキがない。彼は頭から指の先まで、極上の芸術品のようであった。センターには申し分のないビジュアルである。
NEWSはアイドル界における、まさに「王道中の王道」路線で鮮烈デビューしたのだった。

しかし……華やかなデビューとは裏腹に、この時ジャニーズジュニアおよびファンの間に激震が走ったことは、今でも忘れることはできない。他でもない、NEWSメンバー自身も例外ではなかった。

デビュー時のメンバーは、以下の9名。
山下智久、小山慶一郎、加藤成亮、草野博紀、内博貴、錦戸亮、増田貴久、手越祐也、森内貴寛。当初、イベントやTV番組への出演など状況に応じて、内7人が活動するという変則的な形態をとる。


■みんなはデビューできない

ジャニーズ事務所から新しいグループがデビューする時、メンバーはジュニア内の人気ユニットから選抜されることが殆どである。NEWSもこのケースにあてはまる。結果、残されたユニットは自然消滅するか、他のユニットに吸収合併されてしまう。そういう意味では、KAT−TUNや関ジャニ∞などは、ジュニアユニットのままデビューした稀な例といえるだろう。
選ばれなかったジュニアは、ジャニーズ事務所を去ることも多い。なぜなら、ひとつのグループがデビューすると、大抵後の2・3年は新しくデビューさせないからだ。デビューしたメンバーの同世代のジュニアも、一斉に事務所を去る。1つグループのデビューを見送ってしまうと、年齢的に次のデビューに入れるかどうかは非常に難しくなるし、デビュー候補から外れてしまうからである。残ったとしても、デビュー組のバックとしては使いにくくなり、大抵は舞台などの仕事が多くなる。もちろん、メディアの露出は劇的に少なくなる。
そのままドラマや舞台の俳優を極めるか、もしくは他ユニットに移って粘り強くデビューを模索するか、はたまた辞めて新しい道を見つけるか。若くして、人生の岐路に立たされてしまう。しかも、辞めるという選択肢以外は、本人の意思ではなく事務所の意向が大きく左右することは避けられない。ジャニーズタレントといえど、「会社員」である以上は仕方がないことなのだが……。もちろん例外もあることは、後半で述べさせていただくことにしよう。

ジャニーズは、今までもこのようなことを繰り返して新しいグループを作ってきた。デビューの影で、星の数ほどのユニットが消えていった(近年で言えば、Hey! Say! JUMPのデビュー時のYa-Ya-yah、J.J.Expressなど)。
現在、30歳以上でデビューせずにジャニーズに在籍しているジュニアは、「佐野瑞樹」ただ一人である。

■斗真はどうなるの

このような状況を前に、NEWS編成メンバーを知ったジュニアファンは大揺れに揺れた。
まずは山下智久のいたユニット、4TOPS。
4TOPSは、山下智久、生田斗真、風間俊介、長谷川純のいたユニットであり、タッキー&翼のデビュー後、ジャニーズJr.のリーダー格だった。この頃、最も人気のあった小原裕貴らの卒業もあり、4 TOPSメンバーは次にデビューするグループのメンバー候補と言われていた。
それが、蓋を開けてみれば山下のみのデビュー。
当時山下はとてもシャイな性格で、斗真の後ろに隠れているような控えめな少年だった。自分から話すようなことはあまりなく、常に斗真が前にいてくれた。
堂本光一の「SHOCK」の挨拶に2人で行った時の映像は、これを象徴しているかのように思う。光一のいる楽屋の入り口で挨拶をする斗真、後ろでひょこっと顔を出すだけの山下。山下は、先輩に何も言えず、頭を下げるだけで精一杯……。本当に可愛い(笑)。

「やまとま」という言葉をご存知だろうか。山下と生田を2人まとめて呼ぶ時の通称だ。2人は4TOPSができるまでは「BIG」というユニットを組んでおり、「生田斗真と山下智久、2人合わせてBIGでーす」という挨拶でよく登場していた。今でも山下は、斗真がコンサートなどに来ると、初恋の人が現れたかのような表情を浮かべる。斗真といる時の山下は、本当に可愛い……。関ジャニ∞で言うと、ヨコヒナの関係が一番近いかもしれない。この2人の内、片方だけがデビューしたらやっぱり寂しい。だから、NEWSメンバーの発表の時、ファンは「斗真はどうなるの」となったわけである。

4TOPSの他に、もうひとつ岐路に立たされたのが、先にユニットを組んでいた関ジャニ∞である。錦戸亮、内博貴というツートップを引き抜かれ、関ジャニ∞は「もうデビューできない」という絶望的なムードに陥った(関ジャニ∞ヒストリー〜僕らの生き残る道〜参照)。グループのかけもちなど、前例のなかった時代だ。NEWSのデビューはつまり、関ジャニ∞の解散を意味していた。
今でも、メンバーを変えることなく「関ジャニ∞」がデビューできたのは、奇跡だと思えることがある。もちろん、ファンの声やメンバーのがんばりは大きかったとは思うが、ジャニー喜多川はどんなに人気があろうと、解散させる時は解散させる人だ。デビュー前のジュニアユニットは、儚い存在。ほんの何かが違えば、デビューはなかっただろう。

一方、小山慶一郎、加藤成亮、草野博紀はユニットK.K.Kity(旧「J-Support」)からの選抜だったため、残されたメンバー(現Kis-My-Ft2の横尾など)は他のユニットに移り、事実上の解散。増田貴久は、Kis-My-Ftからの選抜であった。
森内貴寛は、「森進一・昌子夫妻の長男」という肩書きを持ってデビューしたため、最初の頃はそれがNEWSの売りの一つになった。

そんな中、手越祐也は異例の大抜擢であった。
ジャニーズ事務所入所から僅か8ヶ月での加入、10ヶ月でのデビューだった為に、ファンはもちろん、一部メンバーにも手越の存在を知らない者がいたぐらいだ。そのサプライズ人事から、ポスト岡田(V6)と言われたことも。その為、本人曰く「最初はグループに馴染めず、辞めようと思った事もある」らしい。

■気持ちとは裏腹に……最高の船出

以上のように、人事についてはジュニアファンの間で大揺れだったものの、一般にはそんな事は関係あるはずもなく、とにもかくにもCD発売が決まった。
2003年11月7日、ワールドカップバレーボール2003のイメージソング「NEWSニッポン」でデビュー!!このCDは、セブン-イレブン独占販売という異例の販売方法がとられ、オリコンには反映されなかった(インディーズ・レーベル扱い)。

さて、デビュー曲のクオリティはというと……。さすがジャニーズという出来栄えであった。壮大で、爽やかで、華やかで、前向きで……瞬く間にファンを魅了し何万人ものファンを夢中に!!
DVD「NEWSニッポン0403」に収録されている「NEWSニッポン」のPVを見ればお分かりいただけるように、「秀逸」としか言いようがない。宇宙をテーマに、NEWSたちが白い衣装を着て歌い踊る姿は、何度見ても飽きない。世界観が完璧なのだ。次々に変わるフォーメーション、はじける若さ。ダンスも特徴的で、サビはファンも全員で踊れる作りになっている。
途中、宇宙服姿で不思議な舞い披露しているのは、ご愛嬌。この頃から、爽やかな中にもサヤエンドウに通じる「ユニークさ」を秘めていたと思われる。本人達は、宇宙服が若干恥ずかしかったようだが(笑)。
山下のビジュアルも美しさを極め、この世に天使が舞い降りたような神々しさ。内亮も眩しいぐらいに光り輝き、さすがの存在感を醸し出している。
この作り上げられたNEWSの世界観は、群舞の好きな王道ジャニーズファンなら、たまらないものがあるだろう。

発売日当日は、グループ名のロゴが入ったラッピングヘリコプターにメンバーの山下・小山・内が乗り、東京都内の上空を飛行するという宣伝イベントが行われた。飛行後はヘリポートで記者会見が行われ、各マスメディアが殺到した(飛行中や記者会見の様子は、「NEWSニッポン0304」に収録)。なお、NEWSニッポンのハモリは薮宏太(当時ya-ya-yah)と松本光平(当時ジャニーズJr)が担当している。

余談だが、上記にも書いたDVD「NEWSニッポン0304」に収録されている2004年1月に行われたコンサート「A Happy "NEWS" year 2004新春」の模様には、バックバンドとして関ジャニ8の丸山隆平・安田章大・大倉忠義が、バックダンサーとしてK.K.Kityの横尾渉・武内幸太朗・飯田恭平らが参加している。
眩しいスポットライトを浴びるNEWSの後ろで、地道に演奏している姿には胸打たれる。ファンは誰も彼らをみていないし、演奏も当てふりなのは明らか。自分たちと同じグループのメンバーが目の前で歌っているのに!という気持ちにならないほうが、おかしいだろう。ソロコーナーでは、錦戸亮・内博貴が「All of me for you」を披露。本来は関ジャニ8のオリジナル曲だが、バックダンサーとして丸山・安田・大倉がマイクを持ってダンスに参加する。この曲では関ジミ3もよく映っており、非常に貴重な映像である。

■山Pのために作られたグループと呼ばれて

ユニット内の構図としては、山下の知名度がずば抜けて高く、その後ろに内と錦戸がひかえ、あとは知名度が0に近いメンバーの集まりといったところ。「山下」ありきのグループであり、「山下」を売り出すためのグループだった。
そんな状況に、メンバーもとまどいを隠すことはできなかった。後に全員が認めているように、驚くほどギクシャクした人間関係だったという。
それも仕方ないだろう。すでにスターの山下と、素人同然の手越が共存するいびつなグループ。かなりの冒険である。ここまで歴然とした格差があると、相当の歩み寄りが必要だったと思われる。
山下は、クールに見られがちだが、意志が強く熱い性格。寂しがりやで、ひとりでいるのが苦手な方なのだ。順調にキャリアを重ねてきた彼にとって、初めての試練だったに違いない。

実はこの時、山下はデビューとは言われておらず、1ヵ月限定と言われただけであった。

山下「こんなの、別に嬉しくねぇ。オレは、4TOPSで……斗真たちとデビューするんだ。このグループはそれまでのツナギなんだ。なんだよこれ、全然知らない人ばっかりじゃん。1ヶ月だし、この場を乗り切ればいいや。早く1ヵ月すぎないかな」

楽屋での山下は、他のメンバーを話そうともせず、1人でずっと音楽を聴いたという。孤高というには、少し寂しすぎる。

山下「しゃべれなかった。しゃべることがなくて」

リーダーの山下がそんな状態であるので、楽屋はいつも無音。
楽屋では全く喋らないのに、カメラの前では「会話をしてる風」にしなければならないことが、手越にとっては耐え難い苦痛だった。

錦戸「全員が全く違う方向を向いていて、まとまらない。これでやっていけるのかと思った。手越?オマエ誰や!って感じだった」

加藤にとっても、山下や錦戸は大きな存在だった。
自分は元のユニットではセンターだったというのに、デビューして突然補欠のような扱いになってしまった。彼にとっても、デビューは初めての挫折であった。デビューしてから、本気で辞めようと思ったこともある。スタジオで座るときも後ろで台本もセリフもなく、だんだんとネガティブになっていく……。ライブの時にふと客席を見ると、自分の応援うちわは少なく、人気ではなく運だけでここまで来たことを実感せざるを得なかった。

このように、デビュー当初はファンが想像する以上にメンバーの心はバラバラだったようだ。
最初の頃のライブMCでは、あまりに話すことができないので、小山が「360度一重(小山)ボックス」なるものを持ち、そこから引いた紙にかかれたお題で話すということをやっていた。年上でありながらも、センター山下を立てていかねばならなかった小山とて、かなりの苦労があっただろう。森内とて、「親の七光り」と揶揄され、決して楽観的な立場だったとは言えない。

全ては、ここからのスタートだった。

■それでも快進撃は続く

不安を抱えながらも、2003年11月〜12月には「NEWS大集会」として、東京・大阪をはじめ4都市で握手会が大々的に行なわれた。徹夜禁止にも関わらず、深夜からファンがつめかけ、夜明けの頃にはおびただしい数のファンが集まった。メンバーは各ブースに2人ずつ分かれており、中に入るまで誰に当たるかわからないシステムであったため、ファンにとっては運試しのイベント。長い間並ぶのは過酷ではあるが、一対一で会話したり、抱きしめてもらえたりと、ファンとしてはたまらないイベントとなったようだ。
なお、この年の12月、森内が学業に専念するとの理由で休業・脱退。以降、8人での活動となる。

そして、ついに2004年 5月12日、アテネオリンピックバレーボール世界最終予選のイメージソングを含む、シングル「希望〜Yell〜」でメジャーデビュー!!
以降、立て続けにシングルをリリースし、いずれもスマッシュヒットとなる。

1st 2004年5月12日 希望〜Yell〜
2nd 2004年8月11日 紅く燃ゆる太陽
3rd 2005年3月16日 チェリッシュ

どれも振り付けが印象深く、メロディーラインも耳に残る秀作ばかり。山下、内、錦戸の三つ巴がフロントのビジュアルを固め、手越と増田が圧倒的な歌唱力で存在感を見せ付けた。草野は得意のラップを披露し、この頃小山と加藤はそれほど目立つ存在ではなかったものの、ちゃくちゃくとMCの腕を磨いていたと思われる。
Yellは爽やかに、紅く燃ゆる太陽は凛々しく、チェリッシュは甘く……。アイドルの王道を外さない、これでもかというぐらいのシングルリリースラッシュ!当然ファンは夢中になり、人気はぐんぐん上がっていった。

続いて2005年4月27日に、アルバム「touch」が発売される。
デビューシングル「NEWSニッポン」から、3枚目のシングル「チェリッシュ」までを収めたファーストアルバムだ。増田と手越が歌う「ずっと」や、シングル並みのクオリティ「きらめきの彼方へ」など、捨て曲のない1枚。ジャニーズファン以外にも、高い評価を受けた。疾走感あふれる爽やかなビートが印象的!
特典には「NEWSプライベートパーティー」が収録された。メンバーがカメラを彼女に見立て、デートをしながら将来の夢などを語るという奇跡の特典(笑)。見てるこっちも恥ずかしくなるような、でもその時にしかできない企画だったと言える。NEWSファンには是非見て欲しい!手越の大物ぶりも見どころのひとつ。

時が経つにつれ、メンバーの関係もじょじょに変わってきた。手越は、「腹黒自己中ドS・上から発言の甘えん坊」というキャラを確立し、なんと山下や錦戸の膝の上に、ちょこんと向かい合って座っては甘えるようになるまでに!彼なりの処世術なのだろう。他のメンバーの膝にも乗るのだが、同い年の加藤だけは避けるらしい(笑)。
その加藤は、なぜかいじられキャラの立ち位置を獲得。手越からは「シゲ」呼ばわりされるも、かなり美味しい位置(笑)。親友の小山とともに、ライブのMCではしきり役に成長!
関ジャニ∞では弟キャラの錦戸・内も、NEWSではお兄ちゃん的存在になった。関西で鍛えたしゃべりを活かして、積極的にMCを盛り上げる。
増田は、移動バスの中で錦戸の肩を借りたまま寝てしまった時、錦戸から「もう起きや」と頭をポンポンされたというエピソードもあり、ぐっと心の距離が近づいたことが伝わってくる。草野は「ノッティ」というあだ名を付けられて、メンバーの人望を集めた。

2005年の春は、大阪・東京・名古屋・福岡・北海道・神奈川の全国ツアーが行なわれた。ツアータイトルは、「Nippon East to West Spring CONCERT 日本横断 大切なひとへ」。内亮がいるということで、この頃はしばしば関ジャニ∞の曲も歌うこともあった。「大阪レイニーブルース」でのすばるのパートは、もちろんセンターの山下が担当。
MCでは、会場の空気を止める男・増田のトークが炸裂し、他のメンバーが増田一人を残してさーっと逃げていく場面もあったという。それに気づいた増田、突然泣き出す(苦笑)!慌ててフォローにまわるメンバーたち(笑)。コンサートでハブられて泣くアイドル……ピュアすぎます!
MCでは、「メンバー内で彼氏にするなら誰?」といったお題で、かなり盛り上がった。NEWSメンバーには内が大人気で、全員で取り合いになるが、いつも最終的に選ばれるのは錦戸(笑)。
錦戸は、この頃手越がお気に入りのようで、頻繁に「手越が好き」と発言するようになっていた。だが、いざ2人きりになってみると、妙な照れが出るらしい。
錦戸「手越にちょっと思うねん。オレがな、好きだと言ったり言われたりしてるやろ?でも同じ部屋になったりしても、全然部屋にいない」
手越「独特のドキドキ感があるんで、男のオーラにつぶされるんです」

NEWSのMCでシモネタは厳禁だが、調子が良いとたまに飛び出したりもした。
Q「銭湯に行ったら、前を隠すか隠さないか?」
内「草野はどうなの?」
草野「オレは……隠す!」
錦戸「隠さなさそうなのにな。オレは、意外と隠しますね(笑)」
内 「よう言うわ〜!!東京でいつもホテルが一緒だけど、ハイ仕事終わりました、ホテル戻りました。で、スッポンポンで『内〜』って来るで!ブランブランと!」←ジェスチャー付(笑)。
これを聞いたメンバー、NEWSのイメージに合わないトークはやめて!とクレームをつけ、内がその場で懺悔させられる(苦笑)。
錦戸「でも、オレ的には指一本じゃなくて、手でやってくれたから良かった……(笑)」
山下は、前を見せるかどうかは人によるとのこと(笑)。
山下「仁、斗真、あと亮ちゃん。それ以外の人は隠す」
増田「見せてくださいよ〜」
これには、全員から総ツッコミ(笑)!トークもかなり上手になってきてます。

■突然の、嵐

この頃になると、各メンバーもドラマに映画にと個々に大活躍。
グループとしても、2005年6月に、「女子バレーボール ワールドグランプリ2005」のスペシャルサポーターに就任する。女子バレーボール中継で、NEWSの歌や応援が見られるようになった。オープニングではコートで歌ったり、試合中は応援コメントをするなど、バレーの盛り上げに東奔西走した。

しかし、翌月7月13日。
4th シングル・TEPPENが発売された3日後に、事件は起こった。

7月16日、内が仙台でのバレーボール中継終了後、不祥事を起こした事により芸能活動の無期限謹慎処分を受ける。
ファンに大激震が走ったことは、言うまでもない。さっきまでテレビに出てていたのに(生中継のため)!何が起こったの!?内はどうなる!?そばにいた錦戸はどこに!?ドラマは?コンサートは?マスコミは面白可笑しく事件を煽り立て、ファンは不安でどん底に叩き落された。様々な憶測が飛び交う中……奇しくも事件の翌日は、ミュージックステーションの生放送出演であった。穴を開けることはできない。
内が突然いなくなったNEWS……この時点では、処分も決まっていない。メンバーはどんな気持ちだっただろう。それでもメンバーは、元気に笑顔で「TEPPEN」を歌い上げた。「TEPPEN」を聴くと、あの日のことを思い出すファンも多いだろう。見守るしかない、歯がゆさ、悔しさ、悲しさ……。もうあんな気持ちは、二度と味わいたくない。。。
以降、7人での活動となる。
開催が危惧された夏の「SUMMARY2005 in品川アクアスタジアム」も無事行なわれ、ここからは個人活動が中心となっていく。サマリーの冒頭では、今回の一件についてメンバー全員から謝罪が行なわれた。

その年、特にめざましい活躍をしたのが山下だ。
同年10月放送のテレビドラマ「野ブタ。をプロデュース」で共演した亀梨和也 (KAT-TUN) と期間限定ユニット・修二と彰で、最初で最後のシングルをリリース。これが日本ではミリオンセラーを記録する大ヒットに!!全国に「修二と彰」旋風を巻き起こした!結果的に2005年を代表する一曲にまでになり、テレビにも連日登場。ジャニーズ史上においても、大成功を収めた。(発売当時、亀梨はCDデビューしておらず、これが初のCDとなった)

11月には、もともとマステゴと呼ばれていたが手越と増田が、「Tegomass」としてシングル「Miso Soup」をスウェーデンで発売。二人はジャニーズJr.時代から、ジャニー喜多川に歌唱力と声質を評価されており、一緒に組んで歌うように勧めたのもジャニー喜多川であった。これをきっかけに、ユニット・テゴマスの活動も精力的に行なうようになり、現在の活動につながる。

2006年1月、横浜・大阪で「NEWS A Happy NEWS Year 2006」が開催された。キラキラの衣装を身にまとい、ファンの期待を裏切らないステージ!日ごとに改良を重ねながら、よりクオリティの高いステージを目指した。
この頃、ついに山下の心にも変化が現れた!
山下「横浜アリーナでコンサートをやらしてもらった時……その時になんかすごく、愛情がある、皆(メンバー)に対してと感じた。時間ってすごい。その子たちと一緒にいる時間があればあるほど、情が湧いたり、好きにしてくれる」
デビューから、実に3年の月日がたっていた。長い時間を過ごしたことで、彼の心にも雪解けが訪れたのだ。メンバーの間で、心の垣根がなくなっていく……こんなに嬉しいことはない。
錦戸も「錦戸亮LIVE」を横浜アリーナ・大阪城ホールで開催し、大成功を納めるなど、嬉しいNEWSばかりと思われたが……。

1月31日、草野が飲酒疑惑騒動により芸能活動を自粛。
以降6人での活動となる。
内の自粛から約半年たち、そろそろ復帰か……?と思われた矢先だった。グループのメンバーが自粛中に、他のメンバーが同じ過ちを犯したことは、決定打であった。
内の芸能活動謹慎処分・草野の芸能活動自粛に伴い、連帯責任という形でグループでの活動を2006年内いっぱい休止することが決定した。
目の前が、真っ暗になった。グループの活動が休止だなんて。今までそんなこと、あっただろうか?不安、不安、不安……。
J-webに毎日UPされている山下の日記にも、暗い気持ちが滲み出ていた。
後に、山下はこう語る。
山下「あの時は精神的に……結構やっぱり、キツかった。キツかったけど、みんなの前で、『あ〜』ってオレがなったら、きっとみんなもっと『あ〜』ってなっちゃうから。みんなを大丈夫だからと励ましながらも、どうなっちゃうんだろうと不安だった。結局、メンバーにも誰にも、辛い気持ちを軽くしてもらおうとは思わなかった。自分がそうやって、凹んでる所とかを見られるのが、スゴイ嫌だから」
ファンから見れば……格好悪くても何でも、なりふり構わず誰かに頼ってほしかった。でもそれは、山下の美学には沿わないものなのだ。芸能界の最前線をトップで走ってきた、山下なりの決意、プライド。トップに立つものだけが見える景色が、そこにはあったのだろう。
以降、メンバーはソロや新ユニットを中心に活動することになる。

活動休止前に行なわれた、「NEWS SPRING CONCERT TOUR 2006」では、名古屋、福岡、北海道、新潟、仙台をまわった。これでしばらくは、NEWSコンは見る事ができない。どうしてこんなに良いグループが、活動休止に?嫌だ嫌だ嫌だ。様々な思いが錯綜する。せめて今の姿を、目にやきつけておかなければ……!!ファンも必死であった。
最後ということもあり、メンバーの壊れっぷりもすごかった。錦戸に至っては、「こんなもんなら、いくらでも出しますよ!」とズボンをうしろ半分おろして、生ケツを見せた(笑)!!それが、会場スクリーンに大映し。挙句の果てには、服を一枚一枚脱ぎ始め、最後はパンツ一枚になったりも(笑)。客席、大喜び。きっと、彼なりのサービスだったに違いない……。

オーラス仙台での挨拶は、ファンの大声援が会場を包んだ。
加藤「オマエらのこと、愛してる。NEWSのこと忘れんな!」
手越「みんな、ありがとう!愛してる」
小山「寂しい思いはさせますけど、大丈夫なんで」
錦戸「ドラマとエイトの活動があるんで!」
手越「バーモントカレーのCMやります!あと、氷点にも出ます!」
加藤「MYOJYOで連載を始めます」
小山「少年倶楽部のメイン司会をやります!」
増田「僕は、雑誌の表紙ができるように、筋トレに励みます」
小山「来年、すぐお会いしましょう」
錦戸「そう、来年すぐに!」
山下「修行して帰ってきます。言っとくけど、解散はないからな!」

そして、全員で手をつなぎ……

山下「オレ達が……」

全員「……ニュース!!!!!」

こうして、2006年のNEWSは、涙ではなく笑顔で幕を閉じた。
きっと、みんな戻ってきてくれる。そう信じることで、ファンはかろうじて気持ちを繋ぎとめた。期限が決められていたからこそ、救われた。終わりじゃない。始まりのための、終わりなんだ。
尚、4月30日に行われた仙台公演の前日、ステージの設営の際スピーカーが落下し、スタッフが怪我をするというアクシデントがあったが、公演はそのまま行なわれている。

その後、2006年3月15日に5thシングル「サヤエンドウ/裸足のシンデレラボーイ」が発売された。急遽、草野を除く6人でレコーディングし直し、発売に至ったシングルである。このシングルのプロモーション活動は自粛され、復活まで音楽番組などへの出演を一切しなかった。PVも全てアニメーションであった。この曲は、「青春アミーゴ」や「抱いてセニョリータ」を手がけたZOPP氏の作品であり、かなりの秀作だ。歌詞もユニークで、メロディーも覚えやすく、NEWSの新しい方向性を占う一曲でもあったと思われる。惜しむらくは、この時期の発売であったこと……。

山下は、活動休止後すぐにドラマ「クロサギ」での連続ドラマ単独初主演が決定した。また、5月には「抱いてセニョリータ」でソロCDデビューを飾った。
メンバーがいない緊張の中、山下はひとり、プロモーションとしてミュージックステーションに登場したのだが……曲が後半に入ったそのときにまたもや事件は起きた。
なんとマイクスタンドを倒し、その場に四つんばいのような格好になり倒れこむハプニングが起きたのだ。ここまではごく普通のハプニング。しかしこの後が問題だった。マイクスタンドが倒れたにもかかわらず、歌声が(一切乱れずに)流れ続けているという奇跡が!!テレビの前の視聴者は、突然のことに時が止まった……に違いない……。特にファンは、「や、ヤマピーー!!!」と心拍数を跳ね上がらせた。
ジャニーズでの口パクというのは、以前から当たり前のように言われていることで、特にこの場合大サビの部分のみ「かぶせ」という手法がとられていたように思う(実際、AメロBメロは生歌だったと思われる)。が、一応は生歌であることは強調されているわけで……。よって、これほど口パクがわかりやすい例はないのである。
山下の批判がしたいのではない。山下の美学には反するかもしれないが、結果プラスに働いたということが言いたいのである。いつもクールな山下がずっこける姿は、かなりお茶目であるし、マイクを持ち直した後は何事もなかったかのように歌い続けている点もお茶目だ。ものすごく必死になる山下の姿は、全く憎めない。普通に歌うより、実においしい。さらに後ろで踊るJrのメンバー(キスマイ二階堂)が、踊りながらもマイクスタンドを直してフォローした点が好印象である(あれは誰だ、と話題にすらなった)。
かつて、KinKi Kidsが同じくミュージックステーションに出演した時、2人そろって歌詞を忘れてしまい、クールな曲にも関わらず、思わず噴出してしまったことがあった。この時も、お茶目な2人の様子に好感度UP、ファンまで増えた。
山下のこの出来事は、まるでその時を彷彿とさせる。翌日の彼の日記には、「やばい、オレ失敗しちゃった〜」とファンに向けて報告があった。それによると、母や妹、仲間からは「人間、失敗することもあるって!」と明るく励まされたという。山下がまた一つ、何かを乗り越える瞬間であった。

8月に、山下は期間限定ユニットGYM(Kitty GYM)結成。8月30日、「フィーバーとフューチャー」リリース。バレーボール・ワールドグランプリ2006(フジテレビ系)のイメージソングになった。あんなことがあったというのに、またバレーボール関係の大きな仕事があるところが、ジャニーズらしい。

さて、この間に他のメンバーはというと……。錦戸は、関ジャニ∞の活動の他に、ミュージカル「Endless SHOCK」に出演、その他CXドラマ「アテンションプリーズ」に出演した。他のメンバーもドラマや舞台などに出演を続け、個人のスキルを磨いていった。特に、手越の出演した「マイボス☆マイヒーロー」は、スマッシュヒットとなり、高い視聴率を記録した。演技力も、「ガチ・バカ」の頃と比べると、雲泥の差である。
もちろん、メンバーの心の中に不安がなかったわけではない。NEWSがなくなったらどうしよう?という気持ちは、いつもつきまとっていたという。

前代未聞の「活動休止」から、8ヵ月。
2006年12月30日、小山・錦戸・山下・増田・加藤・手越の、6人でのグループの活動再開と、内・草野がジャニーズ事務所の研修生となる事が、Johnnys netおよびJohnny's Webで唐突に発表された。予想はしていたものの、突然の発表にファンは騒然となる。NEWSが、ジャニーズカウントダウンで復活する!!もしかしたら、内も来るのではないかとファンも気が気でない。

かくして、2007年1月1日、「ジャニーズカウントダウン2006-2007」にて、日付が変わった瞬間……NEWSが登場!!
約束どおり、彼らは戻ってきた。NEWSが登場した瞬間は……涙が溢れて、言葉にできない感動が全身を突き抜けた。春以来久々に聞く、NEWSの曲、その姿。胸が苦しくて、頭の中が真っ白で。心臓が、ぎゅっと掴まれたみたいに苦しい。泣き出すメンバーもいた。待ち続けていた日々なんて、ふっとばすぐらいの嬉しさ。生放送だったことで、全国のNEWSファンが同時に復活を見る事ができたのは、素晴らしいことだった。
活動休止の日々を乗り越えたNEWS、そしてNEWSファン達の絆は、さらに深まったといえるだろう。久しぶりにNEWSの錦戸を見て、あまりの新鮮さに驚嘆した。

活動再開後初のシングル「星をめざして」も発売された。
作詞は、巨匠・なかにし礼。歌詞は、休止から復活の顛末がそのまま表現されている。しかし直接的というわけでもはなく、ここまで希望あふれる言葉に昇華できることに、驚かずにはおれない。「いちど死んでまた生き返る」というフレーズは、あまりにも印象的だ。走馬灯のように、苦しい頃の記憶がかけめぐる。一般の方に「あざとい」などと思われないか心配したが、杞憂にすぎなかった。

10月6日・7日には、台湾の台北アリーナにて、日本国外では初の単独公演を行うことに!が、台風の接近に伴い6日の公演は中止となり、急遽7日の昼に延期とした。本当に、嵐を呼ぶグループである……。
その後は、11月7日に7thシングルWeeeekを発売し、12月15日から2008年にかけて「NEWS CONCERT TOUR pacific 2007-2008」を公演。このツアーで、初の東京ドーム単独公演が1月9日・10日に行われた。しかし正月あけのど平日だったため、行きたくとも駆けつけられなかったファンも多かっただろう。
海外公演に東京ドーム単独公演とは、復活した年に相応しい活躍ぶりである。

この頃、立て続けにシングルをリリース!
8th 2月27日 太陽のナミダ
9th 5月8日 SUMMER TIME
10th 10月1日 Happy Birthday
1年で3枚も連続リリースするのは、自身初の試みである。10月25日から2009年にかけて「NEWS WINTER PARTY DIAMOND」のツアーで全国をまわるも、この頃からファンの不満は少しずつつのっていった。
毎週メンバーを見る機会が、ない。冠番組がないのだ。よって、グループの印象が薄くなってしまうことは、避けられない。個々の活動は目覚しいものがあるのだが……。例えば錦戸は、この頃ラストフレンズ、流星の絆、オルトロスの犬と立て続けにドラマに出演を果たした。山下にいたっては、3月8日、「映画 クロサギ」で映画初主演に!念願の銀幕デビューの快挙。ファンとしては嬉しいし、素晴らしいこと。その経験がグループに還元されれば、もっと嬉しいのだが……。

2009年4月29日 11th「恋のABO」を発売。ポップなダンスミュージックなのだが、ファンからは賛否両論であった。特に批判としては、「NEWSの色にあってない!」と言うもの。私は面白い曲キター!と思ってしまった口なので、どうしてと思わずにはいられないが(笑)。Weeeekといいサヤエンドウといい、ユーモラスなのがNEWS曲の特徴でもあるのだ。それは、ジャニーズ全般の特長とも言える。キメキメに格好つけた中にも、「何これ?」と驚くような、奇妙キテレツな衣装や歌やダンス。良い意味で、ファンを裏切り続けてくれるのが、ジャニーズである。


8月29日・30日には、なんと「24時間テレビ 愛は地球を救う」の第32回メインパーソナリティーに決定!!グループとして、またとない大きな仕事が入ってきた!!……が。31日に錦戸、9月1日に山下がインフルエンザA型に感染する事態が起きた。久々に全員での、しかもこんな大仕事の時に限ってなぜ……?病気ばかりは仕方ないし、2人が無事であることが何より大切だ。しかし、よりによってこの日でなくても……と不謹慎ながら口惜しく感じてしまったのは、ほかでもない。もちろんファンは放送中から錦戸の異変に気づき、インフルエンザと分かった時は「やはり」という反応であった。
この24時間の出演で何か変わったかというと、何もないような気するし、NEWSとしては、あまり爪あとを残せないまま終了してしまったようにも思える。とはいえ、元々芸能人の人気を出す為の番組ではないし、手越のアイドルスマイルが印象的だっただけでも、よしとしよう。

そんな中、ついにNEWS初の冠番組、『走魂』(そうこん)がスタートする。ローソン一社提供のバラエティ番組で、番組にちなんだパンなどもコラボ発売された。ただし、山下と錦戸の出演はなく、これを果たして「冠番組」と呼んで良いのかは悩むところである。それでも、大きな一歩ではないだろうか。残念ながら放送は半年で終わってしまったが、次への足がかりとなればと期待せずにはいられない。

という訳で、今年2010年のNEWSはというと……?
3月31日 12thシングル さくらガール発売!まずまずのスタートだ。その後も、発売日未定ではあるが「BE FUNKY!」という曲の発売が控えている。

個人の仕事に目を向けると、山下は主演映画「あしたのジョー」が公開決定し、錦戸も映画「ちょんまげぷりん」の主演が決定している。小山は手話をきっかけに「news every.」にレギュラー出演し、加藤はドラマ「トラブルマン」の主演を射止めた。手越と増田のユニット・テゴマスは、ミニアルバムや2ndライブツアーに大忙し!手越に至っては、ドラマ「ヤマトナデシコ七変化」に内とともに出演した。
こうして個人個人の活動をみるにつけ、NEWSにもなかなかの波がきているのではないかと感じる。もちろん今でも人気は高いが、さらに「国民的アイドルグループ」を目指すためには、焦らず急がずに、確実に知名度をUPしていって欲しい。
山下ありきの売り方を少し路線変更して、他のメンバーもメインポジションを取ることを許してもいいかもしれない。同事務所の先輩の軌跡に学ぶと、やはり「メンバーの誰でもメインをとれるような売り方」をしないかぎり、グループとしての底上げは難しいように感じるからである。まあ、そんなことは事務所が十分に分かっていることだろうから、ファンが口出しするようなことでもないだろうけれど。
まずはメンバーがよく言ってる「めったに会わない」というのを何とかして、グループの一体感や団結力などを、ファンに十分に伝えて欲しいものだ。

NEWSは動き出したばかり。
まだまだ若く、可能性に満ち溢れている。

NEWSを知らない人の目にふれる機会があれば、ファンはもっともっと増えるはず。それだけ、魅力にあるブループなのだ。
今与えられた多くのチャンスをモノにして、次のステップに着々と進んでいって欲しいと願うばかりである。


■エピローグ
さて、デビュー候補と言われながらも、嵐のデビューを見送りNEWSを見送った生田であるが、彼はその後腐らずジャニーズに残り続けた。彼は、強い。今現在、ジャニーズの中では稀有な存在として生き残りつつある。7年経ってもなお、「やまとま」を支持する声は多く、根強い人気がうかがえる。風間俊介、長谷川純も、ジャニーズに残り地道に活動を続けている。

最初にNEWSを脱退した森内は、その後大手芸能事務所に移り、バンドのボーカルとしてデビューした。有名なバンドなので、ご存知の方も多いだろう。

大学に通っていた草野は、復帰後ジャニーズ舞台・プレイゾーンに内とともに研修生として復帰するが、その後他事務所に移り現在はモデルとして、アイドル時代とはまた違ったワイルドな姿で再出発をしている。

内は、プレイゾーン出演をきっかけに復帰を果たし、今ではドラマ・コンサート・舞台に大活躍!今年夏には伝統の舞台「SHOCK」への出演も決まり、ますますの活躍が期待される。あの状況でジャニーズに残ることは、ひとつの賭けだっただろう。人生をかけた賭け。
彼は自分の力でピンチをチャンスに変えた。あの修羅場を経験した彼なら、これからもきっとどんな局面にぶつかったとしても、乗り越えていけるだろう。彼にはそれだけの、強さがある。
かつて、涙もろく線の細かった少年は、たくましくも凛々しい青年へと成長した。


つまづいたら、立ち上がればいい。

涙がこぼれたら、空を見上げよう。

苦しい時は、きっとそんなに長くは続かない。

NEWSが教えてくれた、たくさんのこと。

私たちは今日も、
惜しみない拍手を、彼らに贈り続ける。

大輪の花を咲かせる、その日まで……。


おしまい

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| NEWS | 20:55 | comments(28) | trackbacks(0) |
コメント
一番のコメントになるのでしょうか?
だとしたら嬉しいです。
以前関ジャニ∞のヒストリーを拝見してから
私の地元仙台では聴けないレコメンのレポートを
楽しみに訪問させてもらってました(^ω^)
今回声に答えてまたこんなに感動し
しかも正確に丁寧にはるかサンなりに
NEWSの歴史を書いてくださって
再びもっとNEWSを好きになったし
ついていこうと改めて思えたし
今年もこれからも地道に頑張って行って欲しいと
思えなんだか安心しほっこりしました(´`)
本当に他のYOU&Jのグループとは違った
柔らかなグループなので
テレビにグループで引っ張りだことか
ウケがいいとか言うわけじゃないグループですが
それもまた逆に皆均等に個々の活動があって
キラキラしていてそれが集まるから
落ち着きがあるグループなのに
メディア少ないのがもったいないけれど…
若いメンバーが多いグループなので
長い目で見て着実にずっと人気のあるグループで
いて欲しいなと思いました♪
∞同様様々なことをファンの皆と
乗り越えてきたグループだから…
大丈夫ですよね☆
長々と個人的意見すみませんっ
執筆お疲れ様でした。
ありがとうございました。
また機会があれば…ぜひはるかサンがご存知の
グループヒストリーを書いていただければ
図々しいですが嬉しいです!
| 可菜実 | 2010/06/12 10:59 PM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2010/06/13 12:37 AM |
意外とNEWSのこと、知らなかったです(汗)知ってるつもりでしたが…Jr.時代は山ピと亮ちゃんしか知りませんでしたから、他のメンバーはこれを読んで今、初めて知りました(^^)
ゆーたんは宮城県なので、内くんの仙台で起こした事件はショックでした…。
デビューから3人も…異例ですね。改めて感じました←
ゆーたんも、∞も嵐もNEWSもJUMPもKinKi Kidsもみんな応援してますが、NEWSはなかなか見れません。走魂も宮城では見れませんでしたし、魂も行ったことがないので今のNEWSは何をしているんだろう…って思ってます。応援したくても応援する場面がないので…ファンにとっては寂しさとか色々ありますよね。でもNEWSも10周年には国民的アイドルになるように、めげずに精一杯応援して行きたいと思います!


| ゆーたん | 2010/06/13 2:31 AM |
初めまして。
私のブログにコメントを
ありがとうございました。

そして、NEWSのことを
こんなに丁寧に書いてくださって
本当にありがとうございます。

途中で色々思い出して、
かなりウルッときました。。。

NEWSは本当に色々なことがあるけれど、
いつだってピンチをチャンスに変えてきた。
そうですよね、彼らはまだまだこれからですよね。

メンバーが個々の活動で自分を磨きながら、
NEWSとして集まったときにそれを活かして
グループとしてもパワーアップしていって欲しいです。

NEWSを信じて、どこまでもついていきます。^^

素晴らしいエントリーを読ませていただきまして、
本当にありがとうございました。
| | 2010/06/13 7:34 AM |
はるかさんおはようございます

早速NEWSの事書いていただきありがとうございます


関ジャニ∞の事を読んだ時以上に、NEWSも色んな事があるんだなと凄く思いました
はるかさんの文章は読み易く、すっと頭に入ってきます
大好きという気持ちが文にも現れるのではないかと感じます

またお邪魔します
| さる | 2010/06/13 9:14 AM |
名前をころころ変えてて
自分の名前が何だったか
わからなくなってます…><

いつもいつも∞の歴史を
教えてくださって
本当に助かってます★!!!

NEWSも最高でした(∀`)

自分勝手な要望ですが…
前アップされた ヤスの
可愛いとこを集めた記事
亮チャンのエロ発言記事などが
また見たいですっ(//ω//)
そぅいぅのを集めたページを
つくってもらえませんか…?

本当に できたら←でぃぃので
よろしくお願いしますっ!!!
| K8R// | 2010/06/13 2:14 PM |
お久しぶりです…といっても多分覚えていらっしゃらないと思いますが;(∞のカウコンあたりのときです^^)

NEWSも書いてくださってありがとうございます!
私も読みたかったので^^

わたしは
クロサギのときに 山Pが好きになって、それからNEWSを好きになったんで
復活前ののNEWSは詳しく知りませんでした;

改めて
辛かったんやなぁと思いました(;_;)
またNEWSが好きになりました!感動しましたし…
長々とすいません;


個人的にABOは新しいNEWSが見れた気がして
好きです^^笑
| まい | 2010/06/13 3:59 PM |
山下が1人で出演したMステのハプニングは私は全然好感持てませんでした
ネットでもめちゃめちゃ叩かれてましたよ、

やっぱりnews<関ジャニ∞でしょ
| | 2010/06/13 7:55 PM |



素晴らしかったです。

思わず涙が
こぼれました(´;ω;`)


えいとのヒストリーも
読ませて頂いたのですが
それがあってこそ、
グループがあるんだな
と思いました(`・ω・')!


しかし、NEWSも
えいとや嵐のように、
もっとメンバーと交流を
持ってくれたら
嬉しいですね(∩^ω^∩)


まとまりませんが(笑)


えいととNEWS、
これからもずっと
応援しようと思います!


_
| ゆい | 2010/06/13 10:22 PM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2010/06/14 9:06 AM |
はるかさんへ

いつもブログ読ませて頂いてます!
NEWSのこと、全然知らなかったので、
そんないろんなことがあったのか・・と
ビックリしました。

でも、個人的には、やはり、内亮がNEWSで
デビューしたときのエイトの気持ちを考えると
いたたまれないです。
それと、NEWSのバックで、演奏させられた
マルちゃん、やす、たっちょんの気持ち・・
辛かっただろうなと思います。

ただ、この記事を読んで、少しNEWSに興味を持ち
ました。
また、よかったら他のグループのヒストリーも書いて
ほしいです!
大変だと思うので、気が向いたらでいいので、
お願いします!
ありがとうございました!
| えみ | 2010/06/14 9:47 AM |
感動しました(*´∇`*)
えいと らぶー ?
| д | 2010/06/14 6:50 PM |
「星をめざして」のときからNEWSが好きになりだんだんと∞にはまり、今ではeighterですがもちろんNEWSのことも大好きです!!

確かにグループとしての活動が少なかったり、グループ性があんまり無いなと思うこともあります。だけど、だからNEWSはダメとか言うのではなくてこれからの可能性に期待したいですね^^

辛いときを乗り越えてきたからきっとめざましい成長をしてくれると思います!!!!
| tomomi | 2010/06/14 7:32 PM |
はるかさん、今回はNEWSのことを教えていただいてありがとうございました。
エイトの時も感動しましたがNEWSも色々と大変な思いを重ねて活動をしてきたグループだったんだと知ることができて、また違う思いがわいてきました。

私は錦戸亮という人に惹かれ、
そこからNEWS、関ジャニ∞を知り、今では両グループとも大好きです。
やっぱり亮ちゃんが一番ですけどね。

NEWSがデビューしたときはテレビで知ってはいましたが、さして興味もなく流し見している状態でした。そんな私が今では毎日ネットを覘いて彼らの事を探し続けています。
CDやDVDも買ったのは初めてかも知れません。
もちろんエイトもNEWSもですけどね。

毎日のようにお邪魔しています。
これからも、色々教えてくださいね。
| mamiy | 2010/06/14 10:58 PM |
こんばんは!!!!!
NEWSのデビューの時には本当に驚きでした。なんでこのメンバーなの?って思ってしまったこともありました。
でも今思うと今のメンバーでよかったーって思います!!
復活してからメンバーが以前よりも仲良くなって楽しそうにしてるのを見るとすごい嬉しいです★今では何よりぴぃ担でいてよかったって思います♪

今はコンサートなくて寂しいですがまたNEWSに逢える日を楽しみに待ちたいと思います^^
| みれい | 2010/06/14 11:33 PM |
はるかさん、こんばんわんつ〜☆です。

 NEWSヒストリー、そうそう、って思いながら当時のことを思い出していました。
 かなり有名なのにその時のメンバーで「デビューできないもの」って言うのが当時の通例でもありましたよね(ほんと、同世代ならかつんくらい?)嵐も大野さんは違うグループにいたし(TOKYO浜松町だったかしら)NEWSデビューの時もとまくんがMAINメンバーでも4TOPSでもデビューできてないのに・・・。と私も思っていました。

 いろいろあったけどこれからも元気なNEWSを応援していきたいなぁ・・・と思い返しました。

あ、私もABOは面白いと思ったクチです。歌割りも均等でたのし〜♪って思ってました。ただいつぞやのこやまさんの黄色いリボンはいまだに許せないんですけど(笑)黄色は錦戸さんかまっすーの色なのに(そこじゃない)

 ちょっと前に森内くんのバンドのコンサートが地元に来たので行ってまいりました。私の好きな歌を歌ってくれなかったのは不服でしたけど(笑)元気そうな姿をみてほっとしました。

 さて、私はテゴマスコンに向けてオンナノコを磨こうと思います。
| 亜貴 | 2010/06/16 12:02 AM |

こんばんわんつー!お久しぶりです、奈々です´ω`

実は、私が∞を知るきっかけになったのはNEWSでした(笑)お友達にNEWSの大ファンの子いて、過去の話も知っていました。NEWSの昔話は触れるのが怖い部分があるのですが、それも含めてNEWSがあるのだと思えました!私にはNEWSのお互いに"嫌いじゃないぜ"みたいな距離感も魅力的ですね←

∞もNEWSも大好きだ(はーと)!


あと最近、二階堂くんも好きで(浮気者なんで…笑)はるかさんの文章に出てきて嬉しかったです←

次回も楽しみにしています*
| 奈々 | 2010/06/16 12:29 AM |
コメントは大変大変ご無沙汰していますが、毎日更新を楽しみに訪問させていただいています!
私は∞erでNEWSには一切興味がなく、∞とNEWSが一緒に歌番組に出ていても∞しかみないという徹底ぶりです(笑)
∞の亮ちゃんをNEWSが奪ったと信じてやまない難儀な私ですf^_^;
しかし、今回のエントリーを読ませていただいて、NEWSにも∞と種類は違うにしてもたくさんの苦労があったのだということを知りました!
NEWSについての記事を読んでみようと思うなんて自分でも考えられないことですが、信頼のおけるはるかさんの文章なので一歩を踏み出せたんだと思います。
相変わらずNEWSに関わることのない、∞オンリーの毎日だとは思いますが(笑)、NEWSに対する偏見がなくなった事は大きな収穫でした!
ありがとうございましたo(^-^)o
これからもブログ更新を楽しみにしています!
梅雨の時期です。
体調を崩されませんようにお過しくださいo(^-^)o
失礼しますm(__)m
| | 2010/06/16 8:14 AM |
NEWSについて書いて下さりありがとうございます(*^_^*)
目がうるっとしました。関ジャニ∞もですがNEWSも、今まで色々な事があってその階段を登りながらここまで来たんですよね。
あたしはNEWS担なのですが、正直NEWS不足で「何でこんなにNEWS自体の活動はないのかな」「NEWSコンは何でないの」など思ってました…が、初心に帰りました。
確かにNEWSの活動は見たいです!けどあたし達ファンは見守って応援するしかない。個人であれ何かしらの活動があるのはありがたいですしo(^-^)o

ハルカさんありがとうございました!あ、NEWS担ではありますが関ジャニ∞の活動もチェックしてます♪ジャニーズみんな頑張れ\(^o^)/☆
| みく | 2010/06/16 8:45 AM |
お久しぶりのコメです!毎回、更新を楽しみにしてます。私は、めちゃエイターです。亮ちゃん担だから、NEWS魂も行くようになりましたが、エイトから入ったんで、草野くんが事務所止めたのは、知らなかった〜(≧▼≦) ホントに、色々な挫折や葛藤があっての、現在のNEWSなんですね!亮ちゃんがいるから、もちろんNEWSも応援してますよ、NEWSのコンサートに行くと、亮ちゃんを見ているはずが、山Pのダンスとかに釘付けになり、MCで頑張ってる、けいちゃんに、「イケてるよ〜」って、声かけたくなり、まっすーの、普通さに癒されて、テゴちゃんのアイドルスマイルに勘違いして、同担に亮ちゃんをガン見していなかった事を罵られ、帰宅して、しげのweb我が輩を 読んだりすると、知的!文才すごい!おちゃめ!デートしたいタイプと思ってしまいます。はるかさん、NEWSコンサートは、どうなってるのかな?エイトコンサートの発表もないし〜(≧▼≦)
5月病を何とか乗り越えましたが、亮ちゃんに会える〜と、思ったら頑張って、ダイエットも出来るけど〜ストレス解消が、ワインを飲み過ぎながら、カウコンDVDで乗り越えてます(^^ゞ
| キカ | 2010/06/17 10:55 AM |
はじめまして!私はNEWSが大好きです★
増担なんですがみんな大好きです!!!
今回はじめて読ませていただいたのですが、呼んでいる最中にデビュー当時のNEWSを思い出して泣きながら読んでいました。NEWSのデビューの時、私はまだまだ小さくて小学校の低学年でした。でもそのときからNEWSは大好きだったんです。
森内君が抜けたとき、森内君もお勉強しなきゃいけないんだ。そう思っていました。でも、内君や草野君が問題を起こしたとき、私はなんでいなくなっちゃうの???そんなことを考えていました。小さい私には脱退する理由がわからなかったんです・・・。内君と草野君がいなくなったあとNEWSが活動休止。それを聞いたとき私はもうNEWS見れなくなっちゃうの???そういって泣いたことを覚えています。でも、少し休むだけだよ。少ししたらみんなのこと見れるようになるよ。そういわれて安心しました。でも少しってどれくらい???どれ位したらNEWSみれるの???ずっとそうやって言ってました。小学校の高学年になったとき、なんで内君と草野君がいなくなったのか理由がわかりました。すごくショックでした。だからこの日記を読んだとき色々な感情がでてきて思わず泣いてしまったんです。私はNEWSに感謝しています。いつも元気をもらっています。あの時、解散しなくて本当に良かったと心から思っています。これからもNEWSのみんなを応援していく。この日記を読んだときに改めて思いました。
| | 2010/06/27 2:33 PM |
☆コメントをしてくださった皆様へ
たくさんのコメントをありがとうございました。
このブログは関ジャニ∞を語ることが多いので、あまりNEWSに関しては反応がないかも?って思っていたのですが、こんなにもコメントがあって嬉しく思います。
NEWSに対する熱い思いをたくさん読めて、私も幸せになったし、これを機会に興味を持ちました!という書きこみも嬉しかったです。
私がNEWSを好きになった当時、足しげく通っていたNEWSブログさんやサイトさんは、今では全て閉鎖になってしまいました。あんなに熱狂的だったのに、なぜ?と寂しく思います。私が知らないだけで、また新しく応援サイトが生まれてるのかもしれませんが。
NEWSには本当に楽しい気持ちをもらったし、これからもずっと応援していけたらいいなと思います。そういう気持ちを確かめる意味でも、ブログに残せてよかったと思います。
リクエストをくださった方、本当にありがとうございました!そして、これからも一緒にNEWSを応援していけたら嬉しいです。
| はるか | 2010/06/28 10:43 PM |
初めて読みました(^▽^)/
NEWSのことがめちゃくちゃわかりました( ̄一* ̄)b
個人の仕事もあるけど…NEWSみんな揃った仕事やライブをもっと見たいです"((/*ω*)o
いろいろ長いのに書いてくれて
ありがとうございますm(。≧Д≦。)m
これからもNEWSを応援し続けます♪(●´Д`人´Д`●)
| てご☆はる | 2011/01/09 10:51 AM |
NEWS大好きなので詳しく知れてよかったです^−^

この記事めっちゃ感動します!!読んでる途中からめっちゃ泣いちゃいました><

内君や草野君がぬけて大変だったのは知ってたけど、この記事を読んで、改めてNEWSってすごいなぁって思いました♪

NEWSには、いろんな苦難がふりかかってきて、メンバーもすごくキツかったと思うから...。

だから・・・これからも私たちファンがNEWSを影からでも支えていけたらなぁって思います^−^

NEWSだぁーいすき&#9829;
| かえで | 2011/02/11 12:16 AM |
私はどんなことがあろうとNEWSについて行きます!直接的には難しいと思うけど、影で同じNEWS嬢の人たちと支えていきたいと思います。
私の知らないNEWSのことまでも知れてものすごく嬉しかったです!涙がでるほどに…。
| NEWSだけ | 2012/08/02 10:12 PM |
感動しました。NEWSへの愛が伝わってきます。
いろいろあってここまできたNEWSはすごいと思います。
NEWSを応援しなきゃ損に思えてきます。(この記事読む前からファンだったけど)
| 奈々 | 2012/12/24 11:29 PM |
読む時タオルが話せませんでした。
私はNEWS歴4年になり全て知ってるつもりでしたが知らない事がまだまだありました。
この記事は多くの人の目に触れてもらうべきです。
Twitterにのっけても大丈夫でしょうか?
| ますこ | 2016/07/20 12:04 PM |
☆ますこさんへ
コメントありがとうございます!ずいぶん前に書いた記事なのに、コメントがついて嬉しいです。ぜひツイッターで拡散してくださいね。その際は、リンク先を載せていただければと思います。
| はるか | 2016/07/20 9:51 PM |
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